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世界で唯一残されている「二式大艇」

福岡県大川市の「たのしいはんこ屋さん」正信堂(せいしんどう)です

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はんの正信堂 徳永です。   

初めて訪れた、

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鹿児島県鹿屋市「鹿屋航空基地史料館」

敷地内には退役した海上自衛隊の航空機が展示されています。

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手前、「HSS−2A(対潜哨戒機)」。奥、「KV−107(掃海機)」。

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手前、「US−1A(救難飛行艇)」。奥、「P−2J(対潜哨戒機)」。

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そして私を一番興奮させて物が道路を挟んだところに展示してありました。

 

旧日本海軍「二式大型飛行艇」(通称:二式大艇)

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この二式大艇は、世界中で唯一残されている実機です。

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二式大艇は、昭和15年(1940)初飛行、当時世界一の高性能を誇った大型飛行艇です。

昭和17年(1942)正式採用され、偵察・哨戒・輸送など長大な航続距離を活かした任務で活躍し、終戦までに合計167機が製造されました。

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昭和20年(1945)3月11日、鹿屋基地から3,000km南のウルシー泊地奪還のため米軍艦艇への特攻作戦で、「梓特別攻撃隊」として爆撃機「銀河」24機が鹿屋基地から初の特攻出撃をしました。この作戦の誘導、天候偵察任務に二式大艇3機が鹿児島の鴨池基地から出撃しました。

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戦後、昭和20年9月、米軍から「詫間基地に残されている二式大艇1機を横須賀に空輸し、米海軍に引き渡せ」という命令が発せられました。米海軍はその二式大艇を本国に空母で移送し、各種調査を行い、その高性能に驚愕したそうです。

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主要目 全長:28.1m 全幅:38.0m 全高:9.2m

     馬力:1,850ps×4(火星22形・空冷)

     最大速度:453.2km(245ノット/h)

     航続距離:7,152km(3,862マイル)

     武装:20mm機銃×5他

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その後、昭和54年(1979)に日本に里帰りをして東京の「船の科学館」で保存展示されていましたが、平成16年(2004)海上自衛隊に寄贈され、現在鹿屋基地で展示公開されています。

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この機の垂直尾翼には、「菊水」マーク及び中央に「T−31」(T:TAKUMAの頭文字)が表示されています。この機は、第5航空艦隊(司令部:鹿屋)れい下部隊の詫間海軍航空隊所属(香川県三豊市詫間町)の31号機です。

 

当時、世界一を誇った「二式大艇」技術が、

現在の海上自衛隊の名機、救難飛行艇「US−2」に受け継がれているんでしょうね。

(※過去記事リンク)

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このブログは、福岡県大川市の 有限会社 正信堂(せいしんどう)
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author:徳永和則, category:乗り物大好き!, 05:55
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